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広島高等裁判所 昭和28年(う)440号 判決 1954年2月19日

控訴人 検察官 被告人 日生勝

弁護人 勝部良吉

検察官 中根寿雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年六月に処する。

原審における未決勾留日数中二四〇日を右本刑に算入する。

押収にかかるダイナマイト一本(証第一号)及雷管付導火線一本(証第二号)はこれを没収する。

原審並びに当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

検事中根寿雄弁護人勝部良吉及び被告人の控訴の趣意は記録編綴の各控訴趣意書(但し弁護人の分は塚田守男作成のもの)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次の通りである。

一、弁護人並びに被告人の控訴趣意(事実誤認)について

(1)公務執行妨害、傷害の点について

しかし原判決挙示の証拠なかんずく原審証人石津明博の供述によると、当時来島刑事及び石津巡査は判示のように被告人の挙動等に不審の点があつたので不審尋問をするため小郡駅ホームの鉄道公安室に同行方を求め右公安室に向け歩行中、被告人は突然同ホームに停車中の宇部行電車に乗ろうとしたので同巡査は不審尋問を続けるため右電車の乗降口附近に立塞がり被告人の肩に手をかけ「ききたいことがあるから公安室に行つてくれてはどうか」と申したところ、被告人はこれを振り切り逃がれようとして石津巡査の左手を右足で蹴り上げ、よつて同巡査の右職務の執行を妨害すると共に同人に判示のような傷害を負わしめたことを認めるに十分であり、記録を精査するも原判決の認定事実に誤認があるとは認められない。なお被害者の供述のみによつて右の暴行の点を認定したとしても何等採証法則に反するものではない。論旨は理由がない。

(2)爆発物取締罰則違反の点について

しかし原判決挙示の証人佐々木一磨の原審公判廷における供述及び同人の検察官に対する各供述調書の記載によれば、当時被告人は西田と称していたが、原判示日時頃判示佐々木一磨方において同人に対し、その所持していた本件ダイナマイトと雷管付導火線とを一緒に入れてあつた証第三号のブリキ罐を示し「これをしばらく預かつてくれんか」と申し同人に預けたことを認めるに十分である。この点に関し所論は原審証人三輪次緒の供述を援用して当時佐々木一磨に右ダイナマイト等を預けたのは吉田某なる者であつて被告人ではないというのであるけれども、右三輪証人の供述は記録に現われた諸般の証拠に照し信を措き難いところであり、原審もこれを採用しなかつたものである。その他記録を精査するも原判決の認定事実が虚偽架空のものであり又はこれに誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。

二、検察官の控訴趣意(原判示第二事実に対する事実誤認、法令適用の誤)について

記録によると、原判示第二のダイナマイト及び雷管付導火線所持の点は、検察官はこれを爆発物取締罰則違反として起訴したのに対し、原審はこれを火薬類取締法違反として処断していることは所論のとおりである。そして原審鑑定人生田成治の鑑定書の記載等に徴すれば、右のダイナマイト及び雷管付導火線は爆発物取締罰則にいわゆる爆発物に該当すると解すべきことも所論のとおりである。ところで所論は、右は被告人において治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的を以て所持していたものであると主張し、これに対し被告人は右の所持の事実自体さえ、全然否認し居りもとよりその所持目的については何等の弁解等もして居らない。記録によると、被告人は共産党員であること及び証第一一号の「メモ」を所持していたことは認められるけれども、そのことだけから右の目的のあつたことをたやすく推断することはできない。その他記録に現われた諸般の証拠によるも未だ右の所持目的を確認するに証拠が十分であるとはいえない。しかし爆発物取締罰則第六条は、爆発物を所持した者が、同第一条に記載した犯罪の目的でないことを証明することができないときは、六月以上五年以下の懲役に処する旨を規定し、右第一条の目的に関する挙証責任を犯人に負わせている。そして本件は正に右第六条に規定する場合に該当する案件であると認められるから、被告人に対しては同条を適用して処断すべきものであるといわねばならない。然るに原判決が前記のように火薬類取締法第五九条を以て処断したのは事実を誤認したか又は法令の解釈適用を誤つた違法があるに帰し、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免がれない。論旨は理由がある。

なお、本件は併合罪の関係に在るから刑事訴訟法第三九七条により原判決全部を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当審において左のとおり自判する。

罪となるべき事実

第一は原判決記載の第一事実と同一につきここにこれを引用する。

第二被告人は昭和二七年四月九日頃宇部市東見初昭和南町六号佐々木一磨方において、爆発物であるダイナマイト一本(証第一号)及び雷管付導火線一本(証第二号)を所持していたものであるが、右は爆発物取締罰則第一条記載の犯罪の目的に出たものでないことを証明することができないものである。

以上の事実の認定証拠の標目は、第二事実に関し鑑定人生田成治作成の鑑定書を附加する外原判決記載のものと同一につきこれを引用する。

法律に照すと、被告人の右第一の所為中公務執行妨害の点は刑法第九五条第一項に、傷害の点は同法第二〇四条罰金等臨時措置法第三条第一項に、第二の所為は爆発物取締罰則第六条に各該当するところ、公務執行妨害と傷害とは一個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから刑法第五四条第一項前段第一〇条により重い傷害罪の刑に従い、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、傷害罪につき所定刑中懲役刑を選択した上同法第四七条第一〇条により重い傷害罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役一年六月に処し、なお原審における未決勾留日数の算入につき刑法第二一条没収につき同法第一九条第一項第一号第二項、原審並びに当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項に各従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 尾坂貞治 判事 石見勝四)

検察官中根寿雄の控訴趣意

本件公訴事実中「被告人は治安を妨げ人の身体財産を害する目的で昭和二十七年四月九日頃宇部市東見初昭和南町六号佐々木一磨方に於て雷管付導火線一本及び「ダイナマイト」一本の爆発物を所持していたものである」との事実に対し、原審判決は「被告人は昭和二十七年四月九日頃何ら法定の除外事由がないのに拘らず、宇部市東見初昭和南町六号佐々木一磨方に於いて火薬類たるダイナマイト一本(証第一号)及び雷管付導火線一本(証第二号)を所持していたものである」と認定し、これに火薬類取締法第二条第二十一条第五十九条を適用しているが、右判決には事実の誤認乃至法令の適用の誤りがあつて判決に影響を及ぼすことが明かである。

第一、本件犯罪の客体たる「ダイナマイト」及び雷管付導火線は爆発物取締罰則に所謂爆発物である。鑑定人生田成治作成の鑑定書(記録第一〇六丁)によれば本件証第一号の「ダイナマイト」は日本化薬株式会社製造の新桐印二〇粍、四五瓦の「ダイナマイト」であつて爆発性能を有し、一方証第二号も同会社製造の雷管付導火線であつて、完全な起爆能力を有していることが明かである。而して、大正十一年三月三十一日大審院刑事部判決は「ダイナマイト」を使用して銀行内の金庫を破壊した事案につき『故ニ原判決ニ於テ金庫ヨリ金銭ヲ取出サント欲シ「ダイナマイト」ニ雷管及導火線ヲ装置シタルモノヲ右金庫前ニ置キテ爆発セシメタル事実ヲ認メ、之ニ同条ヲ適用シタルハ正当ナリ。而シテ刑法第百十七条ハ前掲罰則第一条ヲ改廃シタルモノニアラサルノミナラス、右行為ハ火薬類ヲ破裂セシメテ他人ノ家具ヲ損壊シ因テ公共ノ危険ヲ生ゼシメタルモノニシテ即チ刑法第百十七条ニモ該当シ、結局一個ノ行為ニシテ二個ノ法条ニ触ルルモノナルモ此場合ニハ罰則第十二条ニ依り重キ同罰則第一条ヲ適用シテ処断スベキモノトス。』と判示「ダイナマイト」に雷管及び導火線を装置したものを明かに爆発物と認めているのである。右判例に照し、本件「ダイナマイト」及び雷管付導火線が同罰則に所謂「爆発物」に該当することは明かであつて多く論ずる要はないと考える。

第二、本件は「ダイナマイト」に雷管付導火線を装置して所持したものではないが、その所持の行為は爆発物の所持に該当し、火薬類取締法の火薬類の不法所持に問擬すべきではない。被告人は、本件「ダイナマイト」に雷管付導火線を挿入結合して所持していたものではない。然しながらその両者を一括新聞紙に包み、これを錻力罐(証第五号)に容れて所持していたのである。(証人佐々木一磨の証言記録第一四一丁乃至第一四五丁同小畑トキエに対する証人尋問調書中同人の供述記載記録第一二〇丁乃至第一二六丁、)司法警察員岩本禎一及び同田村清作作成の捜索差押調書の記載記録第一〇九丁)から両物件はいつでも直ちに結合装置して自由に使用し爆発させることができる状態に置き所持していたものといえる。かかる状態に置き所持する以上、たとえそれが結合装置されておらなくとも同罰則第三条の所持に該当するものと解するのが相当である。この点に関しては明治二十五年一月十四日大審院刑事部の判決が「既ニ爆発スヘキ性質ヲ具備セル諸原料ヲ自己ノ手ニ取集メ、必要アルトキハ自由ニ使用シ爆発セシメルコトヲ得ヘキモノト為シタル以上ハ縦令其薬品其他ノ物品ヲ調合シ一物体ト為ササルモ爆発物ヲ所持シタルモノニ外ナラサルヲ以テ、爆発物取締罰則第三条ニ拠リ重懲役ニ処スヘキモノニシテ火薬取締規則第二十五条ニ拠リ二円以上二十円以下ノ罰金ニ処スヘキモノニ非ス。」と判示しておるところであるから、これまた議論の余地はないであろう。

第三、被告人が治安を妨げ人の身体財産を害せんとする目的を以て本件「ダイナマイト」を所持していたものであることは原審に顕出された証拠によつて十分認めることができる。

被告人の第一回公判廷における冒頭陳述(記録第二一丁乃至第二五丁)、佐々木一磨の検事に対する第一回供述調書中同人の供述記載(記録第一六二丁乃至第一六四丁)を綜合すると、被告人は日本共産党員であつて昭和二十七年二月二十二日頃より宇部市へ赴き、当時宇部興産株式会社宇部窒素工場に発生した労働争議の機を利用し、総資本と対決すべく労働者の全国的統一を図り、その結集された力を発展させて同年四月十二日の破防法反対ゼネストに蜂起させることを目的任務として党活動に従事していた事実が認められる。而して証第十一号中のメモには、軍委として武器の問題で発展させるのである、行動がどつちだつたかの問題がある。武器の運用についての政治的に大衆の斗争を発展させる為にいかに事実を発展させていいか、国民総武装の観点に立つてどの様に運用されているか。玉川トラツクにきたトラツクのしゆういに集つたのをたんちよで石をもつて斗つた棒などで斗つた。大衆的には討議したがこの斗いの中で手榴弾トラツクのタイヤ空気抜きをやつた。器武を大衆的に使わせて行つたと同じ様に作らして行つた。吹田事件武器を敵から取上げる事の基礎の上に立つてSにレ委を作らして武器政策委員会を作つている。武器の必要資材の調査及び武器製造の任務をもつて居り大衆の斗いから生れている、武器についての研究し責任の所在を明確にすること。高知労働者がオーコをもつて斗うピストルを威嚇の為に使う飛行場柵に対する一個ペンチを使つた大衆的に討議した時はパンク針ダイナモを出して来ている。武器材料の取入れを行うコースの確保、石だけでは勝てぬ確心を出している。イナグ労働者がダイナモを持つて来ている。Sに於いて集積している、ポリの巡廻者を大衆的に破壊している。交番を焼いた(山陽ム)(武器の使用と条件が問題である。)アンモニヤ、フ素、赤ペンキを入れた、大衆が消しに来た事について考えられる(条件によつて武器の使用が違つて来る事である。)大衆の製産生活の場での抵抗斗争の中にある。日常使用のものを武器に替えて行く事である。大衆が斗つている中で自己の武装された者を如何に発展させる事である。軍事方針を具体的に抵抗斗争を結合して持込まれたが(意識的に計画的に)やれなかつた。軍事方針を持つて行く後の工作が軍事的に具体的に意識的計画的に行動を起していたかどうかが問題である。武器の使用は大衆的に行われる事である。行動を起すことによつて大衆を発展させ革命の方に一歩政治的に高める事が最大である。等の事項が記載されている。このメモは被告人によつて筆記されたことは被告人の自認するところであるが、これ等記述を昭和二十七年二月以降全国各地に発生した各種の暴力主義的破壊活動と考え合せるとき、被告人が日本共産党員として同党の採用する軍事方針に基き、その任務を忠実に実践しようとして武装斗争に関する研究並びに準備を進めていたことを容易に推認できるのである。而して被告人の職業等から被告人が「ダイナマイト」を産業上の用途に心要とする事情は認められず、また被告人自らも、その所持の理由につき何等合理的説明をしていないのであるから被告人は日共の軍事方針に基く軍事行動に本件「ダイナマイト」及び雷管付導火線を使用爆発させるべく、秘かに所持していたものとみるのが相当である。然らば本件所持の所為が同罰則第一条の「治安ヲ妨ケ又ハ人ノ身体財産ヲ害セントスル目的」に出たものであることは明白であるといわねばならない。原審が、本件を「爆発物」の所持と認定しないで「火薬類」の所持と認定したのは、被告人が犯行を全面的に否認しているため前記目的が認められないとしたものではないかと想像される。なるほど被告人は黙秘権を行使したりなどして、犯行を終始否認し続けているので、被告人の供述からその目的を認定すべき証拠を得ることは不可能である。然しながら犯罪成立の主観的要件について単に被告人の供述にのみその証拠を求めようとする態度は新刑事訴訟法の採証としては妥当でない。即ち、新刑事訴訟法の如く被告人に黙秘権乃至供述拒否権を認めた制度の下では犯罪の主観的要件例えば殺人罪における殺意、目的罪における目的、賍物罪における知情等について被告人より適確な供述を得ることは到底不可能なことであるから、これ等主観的要件は客観的証拠に基く合理的判断によつて認定すべきである。本件は前記の通り諸般の事情よりその目的が容易に認定できるのに拘らず目的に関する被告人の供述がないからといつて直ちに「火薬類」の所持と認定するのは採証法則に反する事実誤認の譏を免れないと信ずる。

第四、仮りに、同罰則第一条の目的に関しその証明が十分でないとしても、同罰則第六条の犯罪の成立まで否定して火薬類取締法の火薬類の不法所持に問擬するのは誤りである。即ち、同罰則第六条は罰則第一条の目的に関する挙証責任を犯人に負わせ「第一条ニ記載シタル犯罪ノ目的ニアラサルコトヲ証明スルコト能ハサル時ハ云々」と規定しているのであるから被告人がその目的のないことを毫も証明していない本件においては、同罰則第六条を適用処断すべきであるのに拘らず、火薬類取締法の規定を適用したのは明かに法令の適用を誤つた違法があると断ぜざるを得ないのである。

叙上の理由により原審判決には事実の誤認があるか、または法令の解釈適用に誤りがあつてその誤りが判決に影響を及ぼすこと明かであるから到底破棄を免れないものと思料する。よつて原判決破棄の上適正なる判決を求めるものである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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